福井商業高校 
第50回記念大会優勝戦

1978年のセンバツ大会。第50回の記念大会優勝戦の晴れ舞台には福井商ナインがいた。

福井商がそれまでの4試合に戦った相手をみると、決勝進出が決してフロックでないことを物語っている。

5―4で辛勝した鹿児島商(鹿児島)戦の次の相手は前橋(群馬)。1回戦で完全試合を達成した松本稔投手が相手だったが14点を奪う猛攻で快勝。

準々決勝では大会屈指の本格派右腕、津田恒美投手(元広島カープ、故人)を擁する南陽工(山口)と対戦。エースの板倉利弘投手が絶妙のピッチングで踏ん張り、2―1で攻略した。

準決勝で、石井毅投手(元西武ライオンズ)を擁し連覇を目指した箕島(和歌山)を、9―3でねじ伏せて進出した優勝戦の相手は浜松商(静岡)。

試合は板倉投手が粘って相手を2失点に抑えたが、打線の援護がなく1―2と惜敗した。「息詰まる最高の試合。少年たちは一体、どんな修練を積んできたのだろう」(4月6日毎日新聞)と評された素晴らしい試合だった。

しかし、北野尚文監督と選手の胸中は悔しさしかなかった。だから、4月6日の甲子園から帰路の途中、北野監督とナインを乗せた列車が着いたJR敦賀駅のホームに、大勢の人があふれていた光景を見て、北野監督は、「何があったんだ、と訳が分かりませんでした」と言ったのだ。

福井駅に着くと、市民の歓迎はもっとすごかった。パレードでは、4万人が詰めかけ、沿道はほとんどすき間もない状態だった。上空には、福井商の校歌を流すヘリが飛んだ。

「優勝しか頭になく、負けた後は、悔しさしかなかったので本当に驚いた。

たくさんの人の出迎えを受けて初めて準優勝の喜びに気付いた」と当時4番打者だった江守清隆さん(40)。

傑出した選手がいたわけではなく、チームプレーでもぎ取った準優勝だった。

「スタープレーヤーのいないチームが勝ちながら強くなり、スターチームになった」と北野監督が振り返るように福商野球が目指す理想を実現した大会だった。 

【阪本麻記子】

(毎日新聞2001年2月16日から)

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