現代と私行

2003.11.24
「高橋です。」と私のお店に入って来た人は、背が高くてダンデイな方でした。「福井商野球部の者です。」と聞いてもピンときません。続いて、何人も入ってくるではありませんか。そんなに狭くはないお店でも8人の来客で一杯です。みなさん全員が福井商業野球部3年生の父兄の方々でした。荒井さんが「ここのお店のご主人が、福井商業高校野球部ホームページの管理人の方ですよ。」と紹介して下さいました。荒井さんは、近所の会社にお勤めで良く知っている方なので、私のこのホ−ムペ−ジをいつも見て下さっているようです。
 みなさん明るくて楽しい人ばかり。県大会決勝の画像や、甲子園大会での話題で盛り上がりました。

左の写真=
吉長 琴美ちゃんがインターネットで福井商業ホームページを検索しています。

高橋さん、画面に入らなくてごめんなさい。


せっかく皆さんがお越しになったので、
記念写真を写してみました。
その写真は、福井商業ページに掲載


2002.4.4
甲子園球場は、福井商が準々決勝に進出し、四国の名門、明徳義塾相手に初回、大会タイ記録の10安打攻勢で8点と先行。
今大会の福井商は、春夏連続4回出場の選手も多く、近年にない『レギュラーは全員3年生』の選手で非常によくまとまっている。例年なら次年度を見越して2年生選手も混じってチーム編成を行ってきたのだが、今年は、「機が熟した」と見た北野監督は 勝負に出た。そのチームが、今まさに快進撃の4強になった。前年度のチームと比較すると、昨年ホームランを放った天谷や、南部らのような打撃で目立つ選手はいなかった。ところが、長い冬を乗り越えてようやく長打力を秘めた選手が育ってきた。その実力は、記録で証明された。準決勝でも、その力は十分発揮してくれるだろう。
福井県勢、センバツ20勝 福井商が津田学園を8―2で降して達成。初勝利は第27回大会(1955年)の若狭。
 ★個人1試合最多打点7=大会タイ記録 福井商・赤土善尚内野手(3年)が津田学園戦で記録。第56回大会(84年)の桑田真澄(PL学園)、第64回(92年)の松井秀喜(星稜)に次いで3人目。
 ★個人1試合最多本塁打2=大会タイ記録 福井商・赤土善尚内野手(3年)が津田学園戦の一回に左越え満塁本塁打、八回に左越えソロを放って記録。第67回大会(95年)の大森聖也(観音寺中央)以来、通算14人目。満塁本塁打は、今大会2本目、通算16本目。
北野監督「奇跡は起こせるのだから、みんなやればできる」
1試合最多二塁打10=大会タイ 明徳義塾―福井商戦で福井商の赤土が七回に放って記録。第64回(92年)の仙台育英―読谷戦以来2度目。
 ★1イニング10安打=大会タイ 福井商は一回、今大会初先発の明徳義塾・湯浅をとらえ、斉藤の先制二塁打など1イニングタイ記録の10安打


2002.2.28 小泉内閣のメールに次のことが書かれている。
[特別寄稿]

● 「閉じる改革」「開く改革」−享保の改革と明治の維新−

  (内閣特別顧問 堺屋太一) 

 

 いよいよ日本改革の時機がきた。政治家も官僚も、経営者も消費者も、規

制と慣例に安住することなく、新しい時代に立ち向かわねばならない。

 

 日本の歴史にも、改革の例は多い。だが、その方向と結果には二つの種類

がある。人々を官僚統制の固定した世の中に抑え込んだ「閉じる改革」と、

新しい発想と文化に飛躍させる「開く改革」だ。前者の典型は江戸時代の享

保の改革、後者の見本は明治維新だ。

 

 時は徳川幕府の確立から100年余りを経た18世紀前半。幕政初期の高

度成長は遠く去り、元禄のバブル景気も弾けた。世の中は急激な不況となり、

短命な将軍が続いて政治は停滞し、行政組織は乱れた。幕府(国)の財政は

大赤字となり、諸藩(地方)は借金財政に陥った。そんな時に登場したのが

八代将軍吉宗、紀伊徳川家から江戸の将軍家を継いだ気鋭の人材だ。身体も

大きく頑健だったという。

 

 吉宗は、幕府組織の強化と財政再建に剛腕を振るった。自ら質素倹約に努

めると共に、全国民にも倹約と勤勉を強要した。それまでの利権商人を排除

し、投機を禁じ、お庭番を使って民間活動に監視の目を光らせた。「名君」

といわれる由縁である。

 

 しかし、客観的に見ると、吉宗の行った享保の改革は、総需要を縮小し不

況を厳しくしたばかりか、民間活力を奪って生産と流通を停滞させ、享保の

大不況、大飢饉を招いた。徳川幕府の体制を守るのには役立ち、武士階級か

らは称賛されたが、日本全体を停滞と閉塞に陥れたことは否めない。20年

間に及んだ享保の改革は、官僚主導の「閉じる改革」だったのだ。

 

 幕末維新の改革は正反対だ。外国の要求を入れて貿易や流通を自由化し、

伝統的な規制や慣習をことごとく廃止した。金融機関(両替商)も綿作農業

も壊滅、幕府そのものも潰れてしまった。行政経験と手続き知識に長けた幕

府官僚には無念であったろう。

 

 しかし、その混乱と変革の中から日本近代化への新しい力が湧いてきた。

両替商は潰れたが銀行ができ、綿作農業は消えたが近代紡績が興り、寺子屋

はなくなったが学校制度ができ上がった。幕末維新の改革は、国民の活力を

「開く改革」だった。

 

 享保の改革と明治の維新はどこが違うのか。前者は武士の文化を維持し強

化したのに対し、後者は武士の文化を否定、古い官僚規制と手続き主義を排

除した。今からはじめる日本改革では、官僚主導の文化を断って、国民の選

択を拡げ、自由を尊ぶ「開く改革」でなければならない。


2001.10.12 テロの影響は修学旅行生にも
 アメリカはもとより、国内でも 飛行機を使った旅行のキャンセルが相次いでいる。県内では、いくつかの学校の修学旅行が行き先を変更したり、日程を変更せざるを得ないケースが出てきた。
 出発5日前になって、沖縄行きをキャンセルしなければならなくなった学校もある。旅行準備で何度も話し合い9日に最終決定したはずの修学旅行が、翌10日には班別行動の範囲のみならず、目的地さえも変更になってしまった。
 これは、10日アルカイーダが『再乗っ取り自爆テロ宣言』をしたため、急きょ飛行機を使わない旅行に変更せざるを得なくなったからだ。
 それだけではない。
大勢の生徒を宿泊させる宿が急には決まらないこと、学習の目的や、見学地の変更によってその準備が整わないことなどの理由により、日程までも早くても1月下旬に延期になってしまった。

アル・カーイダ、自爆テロ継続を警告
【カイロ10日=久保健一】米同時テロの首謀者とされるウサマ・ビンラーディン率いるテロ組織「アル・カーイダ」報道担当のスライマン・アブ・ゲイス氏は9日夜、録画ビデオによる声明を発表、「米国は、航空機による自爆テロの嵐(あらし)がまだやんでいないことを認識するべきだ。イスラム世界には名誉の戦死を望む人がいる」と述べ、新たなテロの発生を警告した。

2001.10.11 新法成立に向けての論議と、成立後の日本の立場
 ニューヨークの国際貿易センタービルなどを狙った乗っ取りによる同時多発テロから一ヶ月あまりが過ぎました。
 犠牲となられた方々に心から哀悼の意を表しますとともに、米国民、そして被害者のご家族に、心からお見舞い申し上げます。
 今、日本は自衛隊の活動の制約条件などを決める”新法成立”に向けての論議がかわされている最中です。
 今日のNHK国会TV中継によると、小泉首相は『日本は地球社会の一員としてテロに対する姿勢を明確に打ち出してはいるが、これはあくまでも後方支援に限られており、その中での自衛隊派遣となる。
 また、武器・弾薬などの輸送は、戦闘地域に送られるのではなく、そうでない所での難民援助活動として物資援助や支援を行なう場合の自衛目的にしか使われない。一日も早く国民が納得した中での自衛隊に関する新法成立をお願いしたい。』と言っている。
 アフガニスタンを中心とする先が読めないの動きの中で、『今後、日本が国際社会で、特に極東でイニシアティブを持って世界平和に貢献できる道筋を作っておく必要があることも視野に入れた活動ができるかどうか』が新法成立以降において、日本の立場を左右する重大な問題となるであろう。

2001.07.29
第1幕の県大会を、優勝で飾った福井商。
いよいよ、舞台は甲子園に移る。
第2幕 『全国に挑む』

 福井商は、昨年夏、今春、今夏と連続出場回数を3に伸し、出場校の中でも、堂々の甲子園切符を手にした。

 幾多もの遠征試合をこなしてきた福井商は、今度の甲子園行きが3度目になる選手がほとんど。甲子園の土にはもう慣れている。どんな場面でも自分の力を充分に発揮できる準備はしてきた。

 観客が非常に多くなるが、むしろ「大勢の観客がいた方がうれしい」と言い、日頃からのメンタル面強化で、精神力はたくましく鍛えられている。

 一つひとつのプレーを確実に成功させる事ができる、北野監督の秘蔵っ子集団である。

 『全国で通用するチーム』をめざしてきた福井商は、この夏『三度目の正直』を手に入れるために、全国大会に挑む。

2001.07.17
高校3年生にとって、最後の夏がやって来た。
甲子園を夢見て入学した時から、毎日が努力の積み重ねだった。
「野球部ならまだ残ってやっていますよ。」
中学とは、大変な違いだった。夜9時すぎの帰宅は、入部したその日からはじまったのだ。
そして、それが当たり前になっていった。
休みだとわかったのは試験前と、正月の数日だけ。
部員は、過酷な日程で頭脳と、体力を両立させねばならなかった。
それでもレギュラーになりたくて、バッテイングや守備で監督にアピールした。
赤点(40点以下)では、合宿に連れていってもらえないから、勉強もおろそかにはできない。
部員数は、入学時の48名から、73名に増えた。
2年に上がった時、新入生が数人レギュラーになった。
ショックだった。
実力では、かなわないのは分かったが、それでも悔しかった。
気が付くと、レギュラーになれなかった自分がいた。
『ほとんど違わないのに』との思いが、いつしか『もう少し、やってみよう。』に変わっていった。
好きで始めた野球。
今は、もう小学生の遊びの野球ではない。
目標を持った体力作りと、メンタル面を重視している。
県大会目前。
今、やることはレギュラーの応援。
おおげさに言えば、「あらゆる方法と手段を尽くしてレギュラーを甲子園に連れて行けるように、対戦相手を研究分析する」こと。
そして、レギュラーがやることは、「どんな場面でも慌てず、自分を信じ切ること」
監督が言う。「練習通りにやれば、甲子園に行ける。」
部員全員に『甲子園に行ける』と暗示をかけた言葉だった。

2001.06.18
ひろりん さん wrote:
> そんなに大量失点したのですか。
> 投手は誰だったのですか?
> 少し心配です。

6月17日(日)美山アンダパンデ球場での上宮との練習試合のことでしょうか。
午前中は、見ていないので詳しいところは分かりません。
後で聞いた話しを総合すると、国木投手(上宮)の良さが目立った試合だったそうです。
大きなフォ−ムで肘のしなりが素晴らしい左腕。ストレ−ト、カ−ブで腕の振りがほとんど変わらない。
135〜140キロの速球は素晴らしい制球力があり低めに決まるので、福井商打線と言えども簡単には打たしてはくれなかったようです。

得点差はすごくついたのですが、随分と打たれたという印象より、試合の流れを引き戻すことが出来なかったのが、敗因のようです。
上宮は、フォアボールなどで進塁した後のチャンスは必ずものにし、逆に福井商は、得点機に国木投手に抑えられたようです。

負けると必ず「投手が誰だったか」と言われますが、チームプレーでの結果ですから、福井商打線はそんなことより打てなかった事、守れなかったことの方を反省しているでしょう。

管理人が観戦したのは、『上宮高校 対 京都外大附属西校』の試合半ばから。
山の近くの球場でしたが、大阪、京都ナンバーの車が目立ちました。炎の会の人たちや、スカウトもきていましたよ。

上宮高校、京都外大附属西校、どちらも大きな声が出ていて個々の技術力も高く、素晴らしいチームでした。
どのチームも練習試合では、どこを修整しどんな力をつけていかなければならないかを一人ひとりの選手の課題として取り組んでいるはず。強いチームと競り合うことで得るものが有るはずです。

今の福井商は、負けても後を引きずることはありません。
京都外大西戦では、日没のため6回までで、ヒットは11本でした。

選手権大会では、一回でも負けられない。
そこが難しいと分かっているから挑戦するし、一方で、個々の目標をクリアし、甲子園で活躍することで人間的に大きく成長すると言われるのでしょう。

福井商のファンは、多少なりとも福井商から元気をもらっているでしょう。
心配している気持ちより、『未来を信じて頑張っている姿をスタンドで応援していこう』という気持ちの方が、選手たちに通じるものがあるのではないでしょうか。

もし、時間が許せば、試合を観戦してみませんか。随所で素晴らしいプレーを見ることができます。

2001.05.07
県営球場の一塁側に陣取った福商ファンは、
甲子園なみの大応援団に膨れあがり、初回からイケイケムードでした。
内野席は、近年まれに見る盛況で、福商人気も上昇中です。
初夏を思わせる暑い日ざしの中、バトン部始め、吹奏楽、福商応援団
の皆様の大きな声援が、気比の実力を出させないようにしたのかも知れません。
それにしても、ますます頼もしくなった福商野球部。
監督がめざす『勝って強くなるチーム』は、まだこれからです。
福商野球は、甲子園で優勝することが最大目標。
これからも、『甲子園レベルのチームに勝つ』という夢を追い続けていって欲しいですね。
決勝に進出したことで、北信越大会の出場が決まりました。
6月1日から4日まで新潟県で行われます。
バトン部さん
もし、6月3日の日曜に試合があったら来てくれるでしょうか。

明日は、平日のため応援団は減ることが予想されますが、
管理人は、明日も福商の試合を楽しんできます。

2001.05.05
子供の日。高校野球は、3回戦に入った。
この試合の上位2チームが北信越大会に出場できる。
福井商業野球部は、県内では圧倒的な強さを誇っている。着実に得点を重ねていくだけの実力がある。
そして、どこからでも連続ヒットを打てるという期待感がある。
犠打も多い。選手は皆、どうしたら塁を進めていけるかを知っている。
盗塁では、3盗もやってのける。
今日の対敦賀工業戦。福商は9点差をつけて5回裏の攻撃。ノーアウト3ボール。相手投手の球が浮き出し、疲れが見られた。2塁走者はそれを見逃してはいない。投手が振りかぶっている間に塁間を走り、キャッチャーが送球動作をあきらめる頃には、3塁に到達していた。単独3塁スチールだった。
打つ気のない打者は、ストレートのフォアボール。
その直後の第一球内野ゴロの当たりは、一塁へ悪送球となり、ボールが一塁ベンチ方向へ転がる間に3塁ランナーがホームベースを踏んだ。ここで10点差になり試合終了。
自分が思うような試合展開に持ち込めるのは、『実力がある』から。
日頃の厳しい練習が、今日のような楽な勝ち方につながっているのは確かなようだ。
しかし、決して油断はできない。明日は、上位2位以内に残るための大事な試合。
昨年の夏、福商全員が一番心に残る試合をした相手、敦賀気比だ。
中谷が、連続ヒットを許さない投球が求められる。敦賀気比も打線好調のよう。打撃戦が予想される。

2001.04.29
何か新しいことをやろうとする時、必ず抵抗がある。
そのさまざまな抵抗をかいくぐって、改革を進めていくのに必要な事は何だろうか。
今回の自民党総裁選で各地で地滑り的現象を引き起こし、圧倒的な人気を集めた小泉氏。
普段の型破りな手法が、小泉内閣86%の支持となって国民から期待されている。
首相の改革姿勢は、国民に好感をもたらした。
森内閣の反動とでも受け取られる。
内閣の顔ぶれでも、改革に向けた組閣人事に意気込みが見られ、まず第一に「派閥にとらわれない清新さ」がある。従来からの派閥の圧力は、相当なものであったにもかかわらず、『変人、変革の人』と呼ばれるだけあって、信念を通したかに見える。
しかし、現実の国会運営となると、実体のある派閥議員らの協力が不可欠で、今後の政策いかんではにっちもいかなくなる危険性をも抱えこんでいる。
とりあえずは、田中真紀子外相ら女性議員5人のキャラクターを多いに活用し、信頼が売り物の『小泉効果』に期待したい。
日本の産業は1980年代以降、著しく競争力が落ちた。
竹中平蔵 経済財政相の
『「これからすさまじい戦いになる。戦場に行くから一緒に戦って欲しい。」と小泉純一郎首相に言われ、引けないと思った。経済は厳しくなりつつあり、逆風は強くなっていく。頑張るしかない』
という言葉は、今の日本をそのまま表している。
景気対策、金融機関の不良債権処理や経済構造改革、財政再建。そのどれもが両刃の刃となって、決して容易ではない。
「変わり者だからこそ、やってくれそう」と小泉内閣に期待している国民は多い。
強いリーダーシップが求められている。

2001.04.21
2月頃、出身高校の同窓会から会報の寄稿を依頼された。
卒業生に”はなむけの言葉を”ということだったので、その一部を掲載します。

御卒業おめでとうございます。私が高校に入学した頃、男子は『全員、丸刈り』という校則がありました。当時、羽水高校の生徒会が長髪問題に取り組んでいたので、県立高数校の資料を集め、クラスの仲間に呼び掛けたり、指導部の先生と協議を重ねて、毎週のように生徒集会で論議しました。
回を重ねるごとに、女子生徒を含む多くの生徒が、賛同するに至り、父母へのアンケートや説得に努めた結果、条件付きながらようやく学校長から長髪が許可されたのです。
長髪委員長になって実に二年の歳月が流れていました。
これは、決して私一人の力ではなく、多くの有志が率先して手伝ってくれたお陰であります。
一つのことを成し遂げるには、時間がかかります。それでも「成せば成る何事も」と心に言い聞かせます。
そして、周囲の人々の心を動かすことができるくらい一途に、熱心に、そして真摯に取り組んでいくことが大切です。
たとえどんな職業や職種についていても、実現可能性が厳しく感じていても、自分の夢だけは大きく無限の可能性があることを信じて、「昨日より今日、今日より明日。と一歩ずつ前進していって欲しい。」と思います。
夢に向かって挑戦する時少なからず影響を受けるものとして、その時代の社会背景があります。
冷静に現実を見つめるという点で、最近の日本経済の動きの一端を示します。

田中内閣の「日本列島改造論」から日本経済は高度成長をとげましたが、バブルがはじけた後の失われた十年間は『平成不況」と言われています。
21世紀になった今、森総理自らが先頭に立って政府主導のIT革命を推進しています。
今必要なのは、パソコンや携帯に代表される情報機器の拡充と、それらを操作できる人材の育成です。
これらインフラの整備をすることにより、日本は再び世界をリードしていくチャンスを得ることが出来ます。
携帯は、一年前に固定電話加入台数を抜き、今や6000万台を越えてしまいました。特に、インターネットにつながる日本発の「iモード」は、米国企業と提携したので世界規格に成長することになるでしょう。企業ではパソコンなくして営業できません。
この時代背景を踏まえながら、自分の夢を実現させる為に何を学び、何をしていくのか。
今一度その認識を新たにし、明るい21世紀を創っていって欲しいと思います。
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2001.04.09
福井大の入学式。
ぽかぽか陽気の午前中、フェニックスプラザへ行った。
入学式独特の華やいだ雰囲気。
後援会の総会のため4階会議室に向かう。
3月の卒業式の歓送迎会の時は、卒業生を前に激励の言葉をしゃべったが、
今日は、父母ら(大学では保証人)の前で短いあいさつ、のつもりだった。
が、つい、5分程度もしゃべってしまったのかも知れない。
なにしろ、久しぶりの当番みたいなもので、あいさつを言っているうちから、身体に汗をかいてきているのが分かるくらいに 暑く感じていた。
話しは、カ−ド社会で気軽に借りれる時代になってきているが、親からも注意を促すことも必要だし、景気後退している現代では、離職者が少なからず出てきているので、親の都合で本人がリタイヤしなくても済むように奨学金などの窓口の整備を依頼。
また、教授の方達には、子供達が卒業後の就職活動をする上でも、学生のうちに各種情報機器の扱いに慣れておく必要性があることから、昨年に引き続きレポ−ト作成にはパソコンを使って提出させる方法など、今年度も続けてもらうようお願いした。
大学では専門学を学ぶのはもちろんだが、りっぱな?一人前の大人になるための人間教育を期待して入学させる親も多いであろうから、そういう面でのフォローもお願いしたいものだと。
あといくつか言ったような、取り留めがない話しをしたのかも知れない。
学部長のあいさつでは、学生のマナーの悪さについての苦言だった。
社会人としてのTPOが守られていない学生が増えたような印象をもった。そう言えば、何でも簡単に手に入る昨今、どちらかと言うと若い人に自己中心型人間が多くなってきたと思う。あまり我慢せずに、適当にしていても特別叱られることなどなかったんだろうし、それが当たり前かのような錯覚のまま成長してきたからなのだろう。
今の時代をどのように生きていくのか、人は様々な生き方をしている中で自分はどうなのだろうか、たまには反省も含めて立ち返ってみるのも良い。
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2001.04.07

桜が満開。
あまりに天気がよいので、足羽川河川敷へ出かけた。
露天もにぎわっており、所狭しと多くのグループが場所を作って、花見酒をしていた。
お好み焼きとフランクフルトを買い、昼食とした。
春の日ざしの中で、久しぶりにのんびり過ごした。
隣にいた女子生徒は福井商業高校の制服だった。2年生になったばかりのようだ。
「テレビに名前出ているなんてすごくない?」
「甲子園には行けなかったけど、知っている人がヒット打ったりして、それがもし彼氏だったら、すっごい誇りに思うよね。」
「野球やっている人ってカッコイイ」そんな会話をしているのが聞こえた。
女子高生にはテレビに名前が出た選手を、そのことだけでもカッコイイと思ったようだ。

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2001.04.04
甲子園では、常総学院と仙台育英の決勝戦。
大阪出張のついでに甲子園に寄ってみた。
初回から育英は、常総のスクイズにあわて、エラーを繰り返した。
エラー4は多すぎる。エラーでの失点がなければ、最終回までに追いついたかも知れない。
どちらが勝っても初優勝。育英のガチガチなプレーは、投手だけでなかった。
浮き足立っているのが見て取れるくらいに、序盤で流れが決まっていたようだ。
試合は最終回までもつれたが、ミスの少ない常総が有利に試合を進めた。
常総の木内監督は、ほぼ狙い通りの試合をしていた。作戦が予想できた場面が多かった。
常総の選手は、一つずつ忠実に実行し成功していった。

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2001.04.01
21世紀枠で出場した宜野座が、桐光学園を破ってベスト8入りしました。
甲子園は、不思議な力を与える所です。悲喜こもごものドラマが演じられています。
純粋に野球が好きで始めた子供達の素晴らしいプレーは、我々に感動を与え、
小・中学生にあこがれと、希望の力を与えているようです。

福井商では、新入学生24人の入部希望者が、甲子園で観戦し応援しました。
昨日、甲子園出場選手が学校に帰ってきた時も、中学生の時の制服詰め襟姿
で出迎えに参加していました。
彼ら一人一人の顔は、まだ幼いけれど希望に満ちた明るい笑顔です。
今度は、自分達が甲子園に来るんだ。と確信しているような元気さがあります。
4月に入るとさらに入部希望者が増える勢いです。

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2001.03.27
野球部員は、みんながんばりましたねー。
バトン部も、吹奏楽部もみんな雨にもめげず、一生懸命でした。
9回の攻撃の時なんかは試合に熱中していて、いつ雨がやんだのか気がつかないくらいでした。
私たち父母も高校生時代に戻って、はしゃいでしまいましたよ。
一体になった応援席、本当に素晴らしい時間をありがとう。


杉田選手は、1年途中入部なんて思えないくらい打撃センスがありますね。
近くの小学校の先生方も大勢見てくれていて、「北陸のイチロー(天谷宗一郎君)」はすごいね。
と、ここでも評判でした。

また、近所の◯◯銀行の支店長さんは、わざわざ店に尋ねて来てくれて、
本当に自分のことのように「岸本君は、福の神だ」と喜んでくれました。
支店長さんの息子は、少年野球チームに入っていて一緒にTV応援していたそうです。
そのほか、お客さんや県外の取り引き先の方など多くの人からの反響がありました。

体ごとぶつかって戦う選手達と、監督さんの冷静な試合運びには脱帽です。
主役の選手達は、 私たちを感動の渦に巻き込み、アルプススタンドを総立ちにするくらい魅了した。
応援席の大きな声援を背に受けて、甲子園を思いっきり楽しんだ。
『たかが野球。されど、野球。特に甲子園。』
甲子園には、不思議な力がある。

試合に勝ち進むと、もっとTV出演の機会が増えてきますよ。
30日は平日で、しかも先生方や職員の離任式で、人数が少なくなったら君にもチャンスがあるかも。
どうせ写るなら、目立とう。インタビューに答えてみよう。

初めて行った甲子園は、どうでしたか?
きっと、『広い球場だな〜』と思ったのでは?
それより、この大舞台で試合ができる彼らが、まぶしく写った?

岸本君は野球部では、いつもムードメーカーです。
おもしろいことや、人の物まねなどして笑わかせたりするのが得意です。
プロ野球選手のバッターボックスに立った時のまねなんかうまいです。
そんな彼が3塁打を打ってしまうんですね。
9回の、後のない場面では、そんな物おじしない岸本君がピッタリなんです。
監督さんの起用にみごとに応えました。

桜美林戦での突破口は、代打の岸本君だったし、同点の9点目は控え投手の村岡君、
そして、仕上げはヒットの出ていなかった4番南部君と、ベンチ入り16人中14人
の総合力で勝った試合だったね。

福井商は、昨夏も甲子園を経験しているから、福商生さんが思うほどグランドは
そんなに広いと思っていなかったようです。
事実、ベンチ入りできずに応援席にいた部員の中にも、ホームランを打てる力のある子も何人かいますよ。
天谷君もそうだけど、バッターボックスに立つ選手全員の顔が自信に満ちていたようにみえました。
これから2回戦。彼らのいつも通りの試合ができれば負けることはないと思っています。

テレビデビューおめでとう。
応援席のある部員が、昨年夏のTVデビューでは7秒写ったので今年は2時間写るのが目標?だったらしいけど、
新一年の野球部員希望者が目立って大勢いたので、あまり写らなかったらしい。
次の試合で「もっと、写りたい。」って。「監督、俺を出せっ−」ても叫んでいた。

福商生徒全員行けたらいいね。特に、勝ち試合は往復10数時間の甲子園詣でも苦にはならない。
なんといっても、自分の応援が直接届くし、興奮と感動を目の当たりにできるんだから。
初出場のどこかのチームは、あの独特な雰囲気に呑まれて足がふるえると言っていたけど、
福井商の選手は、大応援がうれしいし、好きなんですよ。

福井商は、部活がさかんだから、高校総体などに行っている生徒も沢山いるのでは?
それに、私立ならともかく、県立は全員強制はしないでしょう。
準決勝まで勝ち進むと自然発生的に『行きたいコール』が大きくなり、学校ももっと応援団を増やさざるえないでしょうし、生徒がじゃんじゃん「行きたいコール」をすれば、学校ももっと積極的に働きかけてくるハズ。
そこまで勝ち進むと、再度の寄付も喜んで出してくれる所もあろうかと思います 。

観客席のゴミは気付いた父母らも拾いました。が、次の応援団が入ってくるので追い出されたかんじ。
出したゴミは自分でもって帰るのが球場のルール。
ゴミ箱は、球場の外の出口からまっすぐ流れにそって出ていくと、高速道路の下(選手送迎バスが到着する場所)にありました。
さあ、次もメー一杯応援し、楽しもう。
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2001.03.26
勝っているのに、じわじわと追いかけられる。
福井商は追いこされても、負けているとは思っていない。
土壇場だったにもかかわらず逆転してしまう。
勝因は、メンタルの面で桜美林を少し上回っていたということでしょう。

一喜一憂させる高校野球。

あきらめずに自分や仲間を信じ、全員が同じ気持ちで相手にぶつかっていっている。
その一生懸命さが伝わって、観客を引き付ける。
はらはら、ドキドキの試合運びといい、最終回にその仕上げをするなんて、にくい演出でした。
まるで野球マンガのストーリーのような点の取り方でしたね。

中谷投手の不調でてこずってしまったけど、村岡投手の成長が確認された試合でもありました。
第1回戦勝利、福井商おめでとう。

次の試合では、また違ったストーリーで楽しませてくれるでしょう。
浪速との試合のポイントは、守備にあると思っています。
安打で出塁し、盗塁など足をからめてくる攻撃パターンは、福井商とよく似ているからです。
第2回戦突破なれば、第3戦は楽勝?でしょう。
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2001.03.26
高校野球の醍醐味。

桜美林戦、福井商業北野監督は3点に抑えれば勝機ありと読んでいた。
杉田は初回、プレーボールを告げるサイレンが鳴り止んだ時には、もう3塁に滑り込んでいた。次打者の仕事は犠打。山本は、きっちりセンターフライで三塁走者を迎え入れた。
4回には、杉田と天谷が大会タイ記録となる1イニング2本のホームランで6対2と優位につけた。
いつもの福井商業ペースだ。

試合のヤマは6回裏にやってきた。

福井商のエース中谷は、防御率1.18と大会出場投手の中で6位と安定している、ハズだった。
試合も中盤、桜美林はじわりじわり追い上げてきた。
中谷投手は、球筋が定まらなかった。低めにコントロールしたり、コースをていねいに投げわける力量のあるピッチャーでも、その日によって調子がいまいちの時もある。
おそらく心の中では、はがゆかったただろう。
6回裏には二塁打、ヒット、三塁打など4点を許し、6対7とで試合をひっくり返されてしまう。
5回以降の福井商業は追加点を入れられず、逆に8回裏、6対9と点差が広がっていた。
桜美林高橋投手のリリーフで上がった小林投手を打ちあぐんでいたのだ。

9回起死回生の逆転劇。

9回表、3点ビハインドであっても福井商業は誰一人としてあきらめてはいなかった。
好投する桜美林小林の前に食い下がっていくだけのメンタルトレーニングを積んできた。
福井商のバッターはベンチ入りも含めて、全員が打撃に自信を持っている。
ここからが福井商業の真骨頂である下位打線からの大逆転劇が始まる。
四球で出た渡辺を、代打岸本が気迫の右越え三塁打で7点目
これが福井商業のおはこ、打ち出したら止まらない怒濤の攻撃に火をつけた。
炎の福商キャプテン伊藤は、執念の左中前二塁打で8点目
代打荒木 ニゴロ間にランナー三塁。
8回代打でヒットを打っている村岡が、この回も力のある打球で三塁手のエラーを誘い、ファンブルしている間に9点目これで同点とした。
福井商のアルプス席スタンドは総立ちで歓喜。イケイケムードは、最高潮に達した。
打順は、この日三塁打とホームランを打っている杉田。
杉田は、気負うことなく右前打で、一、二塁。
続く山本も安打で満塁となった。
新聞などで『北陸のイチロー』と評されている天谷を迎え、スタンドはまさに興奮のるつぼ。
果敢に打って出るも一塁ゴロで、本塁封殺。2アウトとなるがなおも満塁。
この2アウト満塁から得点できるかどうかで試合は決まる。
甲子園で勝ち抜く大きな関門だ。
9回土壇場でいつもの実力が出せるかどうか強い精神力が試される。
1発のある南部、この日は3本フライを打ち上げているが、まだヒットが出ていない。
どっしりと、落ち着いた構えだ。そろそろ出そうな雰囲気が漂う。
ベンチもスタンドも期待が膨らむ。「ドカンと1発いってみよーう」の応援歌は、まさに彼の風貌を表している。
欲しい時に得点を挙げるのが4番打者。責任は重い。
「アルプスの期待は決して裏切らない。」
そんなことを言いたげにブンと振ったバットは、期待通り勝ち越しのレフト前ヒット。
勝ち越しの10点目が入った。
この試合が初めて当番の桜美林小林投手に動揺がみられる。
一巡した渡辺の打席。選球眼のよい渡辺はここでも四球を選んで押し出しの11点目
好投した小林投手を攻略した。
9回の5得点は、福井商業高校野球部球史に新たな一ページを刻んだ。

すごい試合をするものだ。
まさにハラハラさせて、土壇場の大逆転。
選手たちは『取りかえす自信はあった』かも知れないが、観る者にとっては最高の演出だった。
高校野球は、『力と技と、極限の場面での集中できる精神力であること』を、まざまざと見せつけられた試合だった。
応援団はこの試合で、多くのことを学んだ。
そして、信念を貫くガッツと、若い力の燃える思いは我々に感動を呼んだ。

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2001.03.22
福井大学の卒業式。
式終了後の福応会主催歓送迎会に招待された。
卒業生の前で、祝福と激励の言葉を言うことになっていた。
学部長や、福応会会長の祝辞は、学者の言葉だったが、
自分にはそんな教養があるわけでないので日頃思っていることを中心にしゃべった。
教育学部の卒業生に、今の教育者に足らないと思われることを、認識して欲しかったから。
私が壇上にあがると、意外にもざわめきがなくなり会場は静まった。
うなずいて聞いている。
『今日、卒業できたのは、両親や家族、自分を支える人達の応援があったから。
教師になっても、決して偉ぶることがないように、
謙虚に、子供一人ひとりの個性をよく見てあげて欲しい。
いじめられている子の気持ちを理解できる教師になって欲しい。
教育は、学問だけでなく、人を育てることだと思う。
ついでに、福井商業高校 野球部の目標は、「いつでも全国制覇。」
そんな大きな目標をもって、社会の役にたって欲しい。』
など。
もう少し、いくつか伝えたかったけれど脱線しそうだったので、
教授方に卒業生の父母のかわりに御礼を言って、舞台から降りた。
大勢の前でしゃべるのはせいぜい年に1回か、2回ある程度で、
上手く言葉がつながって分かってもらえるか心配だったが、
あとで、娘から聞いた話しでは、『先輩から聞いたんだけど、「話がよく分かったし、よかった」って感動していたよ。そのあとの出し物でも一緒に楽しんでくれて、……」
あーよかった。
やはり、堅苦しい話しより、普段思っていることをしゃべるのが一番いい。
実際、彼・彼女らの即興や、漫才、歌、おどりは、若者らしい趣向で楽しかった。

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